惨劇のアキバ、救命最前線は…搬送順位、迫られた選別

東京・秋葉原の無差別殺傷事件が2008年06月8日(日)12時30分頃に起きた。2トントラックで歩行者天国に突っ込み3人を殺害し、その後車から降りて、次々と通行人を刺し、通り魔事件としては例を見ない悲惨な7人死亡、10人重軽傷という大事件が起きた。

救急隊や現場に居合わせた医師など懸命な救助にあたり、危篤状態で搬送された人が一命を取り留めたなどの成果はあった。

しかし、AEDの設置場所が分からず、探し回り200mも離れた秋葉原の駅まで取りに行った状態もあり、AEDの設置の充実と、その設置場所にすぐにアクセスできる仕組みなどが今後の課題として残された。

 




2008年6月13日  読売新聞より)

 わずか5分の間に17人もの死傷者を出した東京・秋葉原の無差別殺傷事件には、東京消防庁の救急隊20隊に加え、複数の医療チームが初めて同時出動した。

 混乱する現場で迅速、適切に対応できたのか。(社会部 吉原淳、田中健一郎)

トリアージ

20080613DMATakiba.jpg 発生直後に現場に居合わせた医師は、「横たわっている人のうち少なくとも2人は、既に心肺停止状態だった」と、当時の惨劇を振り返る。傷は深く、一目で肝臓などに達しているとみられるケースもあった。

 まさに“戦場”の中で、現場に先着した救急隊員らは、患者の負傷の程度によって搬送の優先順位を決める「トリアージ」を迫られた。トリアージとは「選別」の意味で、助かる可能性のある患者を優先的に搬送する行為だ。

 「亡くなった方には気の毒だが、トリアージは機能したのでは」と語るのは、救急医療が専門の山本保博・東京臨海病院院長(66)。死亡した7人の搬送先を見ると、すべて1病院1人ずつになっており、山本院長は「1人の重篤者が搬入されるだけで多くの救急スタッフがかかり切りになる。トリアージの精度が高く、分散搬送ができたのではないか」とみている。

 重篤状態で搬送された男性(54)は、一命を取り留め、呼びかけに反応するまでに回復した。

DMAT

 今回、災害以外では初めて複数のチームが投入された「DMAT(災害医療支援チーム)」も「比較的連携がスムーズにいった」(石原哲・白鬚橋病院長)との声もある。

 今回の事件では日本医科大付属病院(文京区)、白鬚橋病院(墨田区)、都立広尾病院(渋谷区)、東京医科大付属病院(新宿区)の4病院の4チームに出動要請がかかった。一番早く現場に着いたのは日医大のチームで、東京消防庁の要請から12分後。次いで東京医大が16分だった。

 昨年4月から12月の都内の平均DMAT到着時間は21分。事件発生が、交通量の少ない休日で、駆けつけやすい都心部だったとはいえ、平均よりかなり早かったといえる。一方で、都立広尾病院は28分、白鬚橋病院は30分かかった。

 一般人も救急活動に参加した。DMATの一員、日本医科大の横堀将司医師(33)は、「心臓マッサージや止血などの知識が広範囲に伝わっているのを実感した」と振り返る。

 DMAT(Disaster Medical Assistance Team) 災害現場に駆けつけ、現場で救命措置を行う医師や看護師らのチーム。2004年8月に東京都が全国で初めて設置した。都内では現在17の指定病院に約550人がいる。これまで04年10月の新潟県中越地震や、07年6月の渋谷の温泉施設の爆発事故などに出動している。

現場で救助なら血液感染に注意

 
今回の事件では、群衆が携帯電話のカメラで現場を撮影する場面がある一方、救命措置に積極的に協力する市民の姿も目立った。だが、被害者の一人がB型肝炎ウイルスの感染者だったことが判明し、救助にあたった人に感染の不安も出ている。同じような場面に出くわした時、どう対応すべきか――。

 「救助の際、血にはなるべく触れないで」とアドバイスするのは奥村徹・佐賀大学医学部教授(救急・災害医学)。B型肝炎は血液を通じて感染する病気で、C型肝炎より感染力が強い。ただ、「救助する人が手などに傷を負っていなければ、それほど心配する必要はない」とも。あればゴム手袋、なければスーパーの買い物袋で手を覆うだけでも感染防止に有効だ。

 救助のポイントは、「脳に血液を送り続けること」。負傷者が出血していても基本は同じだ。

 意識や呼吸がない場合は、人工呼吸や心臓マッサージが必要。心臓マッサージは、硬い床の上で、あおむけの負傷者の胸に両手を重ねて置き、両ひじを伸ばしたまま垂直に体重をかけて行う。心臓マッサージだけでも十分効果的だという。(十時武士)

残る課題は…地域防犯やAED準備

 おおむね評価が高かった今回の救助活動だが、課題も残った。

 現場では止まった心臓に電気ショックを与える自動体外式除細動器(AED)も利用されたが、横堀医師によると、現場付近で見つからず、約200メートル離れたJR秋葉原駅付近まで走って取ってきてもらったケースもあったという。

 千代田区によると、AEDが街のどこに、どれだけ設置されているのか全体像はわからないのが実情だという。区が秋葉原地区で把握しているのは区の出張所と図書館、警視庁万世橋署の3か所だけ。地元の秋葉原電気街振興会も「個々の店で設置しているかもしれないが、詳細は知らない」という。

 秋葉原電気街振興会では2年前、通り魔などを想定して危険な目にあった子供などが駆け込める「110番の家」設置を検討したことがある。近年、オタク文化の発信地として知名度があがるにつれ、事件発生が増えるなど治安への不安が出てきたためだ。ところが、「追いかけてきた不審者に店員が襲われてケガをしたらどうするか」と制度導入に慎重な声も多く、実現できなかったという。

 大手家電量販店やアニメやゲームソフトを扱う店、飲食店などが増え、加盟率が「全体の5割以下」(同振興会)に落ち込んでいることも、地域ぐるみの取り組みを難しくしているという。

外部の目で検証を

 一方、医療ジャーナリスト・伊藤隼也さんは「今回のような惨事に消防や病院がどう対応したのか検証し、その内容を外部に公表する必要があるのでは」と指摘する。

 ロンドン市議会は、2005年7月に発生したロンドン同時爆破事件での救急活動などの検証結果を約1年後に発表しているが、日本の場合、1995年3月の地下鉄サリン事件での救急活動についても「検証はしたが外部には公表していない」(東京消防庁)という。

 伊藤さんは「今回のケースも、外部の目で検証し、日本の救急救命活動の質を向上することにつなげるべきだ」としている。

 

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