桜田門
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桜田門(さくらだもん)
桜田門は寛永13年(1636年)に徳川家康が入府際に修築されました。
桜田門は2つの門からなり、第一の門(高麗門)、を通ると枡形の空地があり、右折すると第ニの門(渡櫓門)になります。 江戸見附様式で枡形形式の城門を構成しています。桔梗門の内桜田門に対し、この桜田門は外桜田門と言ってます。
この桜田門の桝形は15間×21間あり、現存している城門の中では最も広い 規模になります。大正12年の関東大震災で破損し、その際に鉄網土蔵造りに改修されました。昭和36年、国の重要文化財に指定されました。
現在「警視庁」は「桜田門」の目前にあるので警視庁のことを「桜田門」と言う風に使われることがあります。
また、安政7年(1860)3月3日、勅許なく安政の仮条約に調印し、安政の大獄などで弾圧を行った大老井伊直弼(いいなおすけ)が、水戸・薩摩(さつま)の浪士らに桜田門外で暗殺された事件がありました。「桜田門外の変」
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